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瀬戸の材料屋
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 釉薬の材料を瀬戸に買いに行った。

 長石や硅石やカオリンなど、釉薬に使うための原料を、いつも僕は瀬戸の小さな店で買っている。

 その店は商店街のはずれにある古い小さな店で、ガラスの嵌った木戸の上にある緑と白の縞模様のビニールのひさしは破れてボロボロだった。
6畳ほどの店内は薄暗くて、外からでは営業しているのかいないのか判別が付かない。
それでも中へ入って店の奥に声をかければ、痩せて小さな60代くらいのおじさんが出てきて、
にこやかにというわけではないけれど、けして無愛想ではない様子で接客をしてくれる。
僕の事も顔を覚えてくれてはいるが、いつも他の陶芸家と名前を混同している。
店は小さいのに僕が使う釉薬の原料は一俵単位で安くそろうし、特殊な原料もビニール袋に小分けしてくれるのでとても重宝していた。

 今日もいつものように店の前にトラックを路駐すると、ガラスの木戸の向うにカーテンがかかっていた。

 今まで良く見なければ開いているかわからないものの、平日に閉まっていたことはないので、
開いているのかもしれないと、木戸を横に引いてみたが、しっかりと鍵が閉まっていた。
張り紙も何も無く、たまたま休みなのか店をたたんでしまったのかもわからない。
経営的にも、おじさんの体調的にも閉店したとしても何の不思議もない様子だったのだが、この店がなくなるのはとても困る。

 材料は探せば他の店でも手に入るのだろうけど、僕はこの店に来るのが好きだったのだ。
焼き物の街である瀬戸、それに隣接した多治見と土岐にはこの手の店が結構ある。
良いものが安く手に入るが、あらかじめその存在を知らなければけして見つけられないような店。陶芸仲間の口伝えにしか知りえないような店達だ。

住宅街の中に紛れ込んでいる桐箱屋。
工業団地の裏の倉庫の奥にある塗り蓋屋。
貴重な天然の木灰が手に入る陶磁器組合の事務所。

 こういった店は場所を詳しく聞いて行っても、見つけ出すのに苦労する。
しばらく行かないと場所がわからなくなってしまう。人に教えようにも説明しづらい。
しかし、こういう店に行くこと自体が、必要なモノが安く手に入るということよりも、何かワクワクするのだ。

 以前ハリーポッターの第一巻を読んだ時、魔法の道具を売っているダイナゴン横丁というのがでてきた。そこを訪れた主人公のハリーが、魔法使いの仲間入りをしたという嬉しさでワクワクしている様子が書かれていたが、その気持ちと少し似ているような気がする。

 瀬戸やその周辺の焼き物の町は、陶器祭りの時期を除いては観光客もまばらで、むしろ寂れた感じはあるが、そんな渋い店がところどころに埋もれているのが、僕は結構好きだ。

 瀬戸の小さな材料屋が閉店したのでなければいいけれど。



 
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by gadget-pottery | 2008-04-25 21:43 | 陶芸
何故blogを書くのか
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 最初blogを書く理由が見つからなかった。

 そもそも人に見せるための日記という設定に抵抗がある。
書く内容はどうしても当たり障りのないものになるし、下手をすると只の自慢話になりがちだ。
読む方にしても、読まれても少しも恥ずかしくない日記で、しかも素人の書く文章を読まされたところで面白くないだろうと思う。

 日々刺激的な出来事が頻繁に起こるような環境であったなら、読んでいて楽しいものが書けるかもしれないが、陶器を作る毎日はかなり地味で、個展などのイベントがないとblogに書くようなエンターテイメント的なものはない。

 そんな事を考えている時、TVで日本画家の片岡珠子さんのインタビューを放送していて、その中で「自分を晒け出す事で自分を磨く」というような事をおっしゃっているのを見た。
片岡さんの場合は作品で自分を曝け出すという意味で言っていたのだが、blogを書こうと決めたにもかかわらず、もう一つ気分が乗らなかった僕としては、これは書く動機にちょうど良いように思えた。

 そういうわけで「自分を磨くために自分を晒す」という大義名分を強引に見つけて、ようやく書き始めたのだが、 「磨く」ためには、あたりさわりのない事を書いても意味はなく、自分にとってある程度書くのに抵抗があるぐらいの事を曝さなければいけない。

 先週のblogで書いた、公募展に落ちている事とか、現代美術に憧れてる事などは、ちょっと恥ずかしいので書きにくいことではあったけれど、そういうことを書いていかなければならないという事になる。
なにか自らハードルを高くしてしまってどんどん書きにくくなっているような気もするが、それくらいのリスクがないと面白味もなく、きっと書くのに飽きてしまうのだ。

 一週間に一回blogを更新する時、自分を本来より良く見せないように、自慢をさりげなく混ぜないように、卑屈にもならないようにと、文章を何度も何度も読み直し書き直している。
そんな面倒くさい事はすぐに嫌になってしまうのではないかと思ったが、そうやってPCの前で悩んでいるのは案外楽しかった。

 そんな事を書いている間にも「自己満足」という言葉が頭をよぎるが、それを考えだすとまた書けなくなってしまうので、書き続けることでそういうモヤモヤをいつか越えられる事を期待している。
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by gadget-pottery | 2008-04-18 15:52 | 日々
turning point
 
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 初めて土を触ってからちょうと今年で10年目で、なんとなく転換期に来ているような気がする。

 陶芸の訓練校を卒業した当時は、特に師匠にも陶芸の団体にも所属していなかったため、陶器市やグループ展に参加してお客さんの批判の目に晒される事で腕を磨こうとしてきた。

 しかし、路上のテントの下に作品を並べたり、陶芸仲間とグループ展をするのがお祭り気分で楽しかったのはもう昔の話で、今ではかつての気持ちの盛り上がりも無く惰性で出店しているような気がする。

 なにより、テントの下で直射日光に晒され、あるいは雨ざらしになりながら積み上げられた自分の作品はどうにも侘しげで、ギャラリーの間接照明で間隔を広く開けた配置に並べれば格段に良く見えるのは個展のときの経験で知っているだけに、露店で店番をしている事に違和感を覚えるようになった。

 というわけで、行商的な売り方は今度のゴールデンウィークの美濃焼き祭りで卒業して、ギャラリー中心の活動に移していきたいというのが、今のところ進もうとしているコースだ。


 ここ数年もう一つ挑戦しているのがオブジェでの公募展出品で、正式な美術の教育を受けていない僕は、実戦で鍛えられるようにと陶芸展に挑戦してはいるが、残念ながら今のところ4連敗中である。
 しかし、公募展というのは、どれだけ変なモノを作れるかという知恵比べ合戦のようで、参加していること自体は楽しい。
 行商では味わえなくなった高揚感をここでは感じる事ができるので、今の僕の居場所はここなのかもしれない。

 あいにくオブジェは器に比べてさらに収入に結びつきにくく、あまり重心を置くことはできないが、ずっとずっと先に <オブジェ→現代美術> という道を見ていて、将来憧れの現代美術の世界に行ける事をひそかに目論んでいることはいるのだった。

 ここに書いてしまったのではもう「ひそかに」ではなくなってしまったが・・・
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by gadget-pottery | 2008-04-12 00:38 | 陶芸