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国際陶磁器フェスティバル
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 今年は3年に一度、美濃で開催されるの大規模な陶芸の公募展である国際陶磁器フェスティバルの年だ。
 約10年前、陶芸の学校に通っている時にちょうどこの展覧会があって学校の友達と見に行って以来、毎回見に行くのを楽しみにしている。
今回は初めて自分でも応募してみたが、落選してしまった。

 たくさんある公募展の中でも海外からの出展作品も多いし、地元の美濃でやるということもあって特に好きな展覧会だ。
 3年に一度ということもあって毎回新鮮な作品が並んでいて、見ているととても楽しくなる。

 作品を見て、綺麗だなとか上手だなと感じるのも良いが、一番好きなのはその作品の前に立つと自分も何か作りたくなってくる作品だ。そういう作品を見ているとこれからも続けようという勇気が出てくる。


 今回もたくさん良い作品があったが、特に気に入ったのはハンガリーの人が作った薄っぺらなU字溝のような作品。白くて40cm×10cm×10cmぐらいで、他の作品に比べたら小さなもの。
ぽつんと置いてあって、見逃してしまいそうな頼りなさだ。
気合が入った大作の合間にゆるく置いてある感じがとても気に入った。

最近、東欧の特にハンガリーの作品が気に入っていて、全体的になんだか力が抜けている雰囲気が好きだ。それでいてセンスの良さが感じられて存在感があるような気がする。
ハンガリーの作家の作品はどれもそんな雰囲気を持っているのは、お国柄だろうか。


 この国際陶磁器フェスティバルで面白いのは、色々な国の作品が見比べられることで、作家ごとの個性を越えてその出身国独特の雰囲気がわかることだ。
だから、どんなに変わった先鋭的な事をしても住んでいる環境にはどうしても常に影響されてしまうという事がわかる。

 自分の作る作品もたぶん日本的な雰囲気を常にまとっているのだろう。そこから逃げたい気もするが、特色を生かしたい気もするので、とりあえずどんな雰囲気が日本的なのかが知りたい所だ。
 しかし、海外の各国の雰囲気はその国ごとの作品郡をつなげて見ると、なんとなくこの国はこんな感じというのが分かるのだが、日本のだけは分からない。
 やはり、近すぎて分からないのだろうか。
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by gadget-pottery | 2008-08-30 23:12 | 陶芸
陸亀
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 ギリシャ陸ガメが我が家のペットになった。

 生き物の世話が苦手なので、なるべくペットを飼わないようにしてきたのだが、
先日、娘がお祭りで金魚をもらって来て、それを眺めていたら意外にも非常に癒された。
 ペットを飼うのもいいかもしれないと思ったのもつかの間、たった2日で金魚は死んでしまった。
 そこで以前父が孫に亀を買ってやろうと言っていたのを思い出し、お盆で実家に帰省した機会に世話が簡単だというギリシャ陸ガメを買ってもらった。

 カメは金魚に比べて見た目は地味だし、あまり動かないので見ていても退屈だ。
やはり金魚を飼うべきだったかと少し後悔しはじめたが、しばらく観察していると、停止している状態から動き出す時の間がとても良い事に気が付いた。
 餌に気づいてから食いつくまでのリズムなんかなんとなく後ノリのJazzっぽい感じだ。そこでMiles Davisなどをかけながら眺めていると時間があっという間に過ぎてしまった。

 動物は大好きなのだが、動物にしてみれば人間に飼われるより野生にいたいだろうと思って飼うのに抵抗があった。
 でも、金魚なら人間の鑑賞用に品種改良されてしまって野生では生きられないのだからという理由で罪悪感がうすれて、飼ってもいいかなという方向に心が動き、その流れでカメを飼う事になった。
 しかし、考えてみるとギリシャ陸ガメだと野生でも生きられるので、金魚的な言い訳が通用しない。
 動物を飼う罪悪感は残ってしまったが、カメを飼う事をとても気に入ってしまったので、大事に飼うと思う事でこの問題には無理やり目をつぶってしまおう。
 どうせ人間の存在自体が地球に優しくないのだ。


 このカメ、お尻の甲羅の模様を良く見るとドクロのマークに見える。そこで娘と息子がカメの名前を決めるときにドクロにちなんだ海賊っぽい名前を提案したのだが、骸骨が大嫌いの娘に反対されてしまい、「かめピー」というなんのひねりも無い名前にされてしまった。
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by gadget-pottery | 2008-08-22 23:12 | 日々
コンセプト
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 公募展などに出展するための応募用紙に作品のコンセプトを書く欄がよくある。
コンセプトの意味を辞書でひくと「創造された作品や商品の全体につらぬかれた、骨格となる発想や観点」と書いてある。

 ということは、まずコンセプトがあってそれに従って作品を作るというのが作品制作の順序であるという前提があるようなのだ。

 しかし、僕が作品を作る場合、何か言葉にはできないような雰囲気とかイメージとかが頭にあって、それを手を動かして作品にしていくという順番だと思うので、できた作品のコンセプトはと尋ねられると、どうしても後付けのような形になってしまう。
 最初にあった雰囲気とかイメージなりを言葉にすればそれがコンセプトということなのだろうか?コンセプトというには少し弱いような気がする。

 以前に読んだ村上隆の「芸術起業論」という本によると、作品を言葉で説明するなんて邪道であって作品そのものが表現の全てであるというのは、どうやら日本特有の美意識のようで、作品をちゃんと説明できなければ通用しないというのが世界標準らしい。

 一方、アールブリュットと呼ばれる、公の場に発表する事を前提としない作品というものがあって、例えば精神的な障害を持った人が自分のためだけに作るものなどは、他人に説明するようなコンセプトは無いような気がするが、その作品を見るとかなり心を動かされるものであって、やはりそれは芸術作品なのである。いや、言葉にできないだけでコンセプトはあると言えるのかもしれない。

 物を作った以上、なんらかの考えはあるはずと考えると、その考えを言葉にする知識がないというのが問題ということだろうか。
 一応美術に関する本をなるべく読むように心掛けてはいるが、そういう知識を総動員しても「美術手帖」等に書かれている作品の批評やコンセプトを説明する文章を読んでみると、難しい言葉が多すぎてさっぱりわからない。わかるどころか、わざとわからないように書いて高尚ぶっているのではないかとさえ思えてきて気分が悪くなってくるしまつだ。

 やはり圧倒的に美術や思想の知識がないのだから勉強していかなければいけないのだが、
さしあたって作品も作っていかなければいけないし、公募展の応募用紙にはコンセプトを書かなければいけない。
 後付けのコンセプトではどうもインチキくさい気もするので、まずは身の丈にあったコンセプトを考えなければならない。
 
 あたりまえの事をコンセプトとして主張しても間抜けなだけで、「価値観を転換する」ようなコンセプトが一番カッコイイのではあるが、あんまり大きな価値感をひっくり返すような発想は今の僕の頭の中にはない。となると僕にでもひっくり返せそうな小さな価値観を探せばいいのではないか?
 というわけで手始めに、簡単にひっくりかえせそうなホコリのような価値観を探すところから始めてみようか。
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by gadget-pottery | 2008-08-09 23:41 | 陶芸
少し余裕がある今は
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 注文の引き出物も無事焼きあがった。
梱包してくれる包装紙屋さんからは何も言ってこないので、全部ちゃんと問題なく箱に収まったのだろう。大きさはなんとかそろっていたようだ。

 今回の窯で、個展直前に完成した白い釉薬の色が安定して出せる事が分かったので安心した。良い色が出たと思っても偶然出ただけで、二度と再現できないということも良くあるからだ。
 それに、テストとして入れた黒い釉薬のサンプルも良い結果が出た。黒い釉薬は今までバイト先の大きな窯で焼くと綺麗な黒色がでるのに、自分の窯で焼くと茶色がかってしまってうまく焼けなかった。思ったような黒い色を自分の窯でも焼けるように、今まで釉薬の調合や焼き方を色々変えて実験してきたのだ。

 釉薬の色にある程度満足がいくと、土で成形している時点での完成時のイメージがはっきりしてくるのでかなり作りやすくなる。シンプルな形でも釉薬の力でもつし、少し冒険してもなんとか格好はつく。そうなると何か面白いのができるのではないかと、作る前から期待している。
 
 今年は秋に特別なイベントの予定を入れていないので、今は少し気持ちに余裕がある状態だ。
 今まで予定に追われながら作っていたので、ここらあたりで腰を落ち着けてしっかり構想を練って作品を作らなければならない。
 今までもそんな事を思った時期は何回かあったが、時間が充分あると油断しているうちに無駄な時間を浪費して、結局最後は切羽詰った状況になってしまうという過ちを繰り返してきた。

 しかし、今回は釉薬の完成という追い風があるので何かやれる気がする。

と、書いている途中で、「何かやれる気がする。」と今まで何度も思ったような既視感を感じた。
 往々にして、「何かやれる気がする。」と思って制作を始めると、期待の大きさに反比例してアイディアなんて何も無い空っぽの自分を発見するのだ。
 
 いけない、せっかく窯の成功に気を良くしてやる気になっていたのに、急に消極的になってしまった。
 考えているだけではなにも始まらないので、とにかくはやく手を動かしたほうがよさそうだ。
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by gadget-pottery | 2008-08-02 21:12 | 陶芸