先日、東京でのギャラリーめぐりの合間に、学生時代に住んでいた京王線明大前駅に寄った。 駅から歩いてすぐの所に、当時僕が毎日のように通っていたジャズ喫茶「マイルス」があった。 20年前にはあった。 その頃、「マイルス」のカウンターの向うに座っていた女性のオーナーは50代後半ぐらいの年齢に見えた。だからもう店はないかもしれないと思いながら、駅から甲州街道に出るまでの商店街を、店があるはずのところまで歩いてみた。 駅前には新しいビルが建っていて、昔とはずいぶん様子が変わっていた。しかし、商店街の店がかなり模様替えをしていたにもかかわらず「マイルス」は20年前とまったく同じ店構えでそこにあった。 店のドアを開けると、狭くて急な階段があって、それをギシギシさせながら登っていくと、薄暗い店のカウンターにはあの女性のオーナーが座っていた。やはりあの頃よりはずいぶん年をとってはいたが、あいかわらず無愛想だった。 驚いた事に、かかっているLP(CDは絶対にかけない)は昔とまったく同じマイルス・デイビスの「サムシング・エルス」でしかもオーナーは首でリズムをとりながら聴き入っている。おそらく何千回も聴いているのに違いないのに。 カウンターに座ると、目の前に温度によって色が変わる温度計が20年分のタバコのヤニをこびりつかせてまだあった。 僕が20年前によく通っていたという話をそのオーナーにすると、 「あら、そう。どこかで見た顔だと思ったわ。」と、無表情に言った。良く見ると少し嬉しそうにも見えた。気のせいかもしれない。 それでも、「今は何しているの?」と尋ねてくれたので、近況を話すと、 「あなたと同じようなことをしている人がいるわ、その人は30年前によく通ってた人だけど、今は年に1度東京で個展があるたびに寄ってくれるの。」と、しばらく店の奥をゴソゴソ探して一枚の名刺を見せてくれた。 そこには、今では結構有名な瀬戸の陶芸家の名前があった。 学生の時、特にジャズが好きだったわけではない。 その店の小説に出てくるような雰囲気がカッコ良く思えて通っていただけなのだ。 酒は飲めない体質なので、コーヒー2~3杯で粘った。 オーナーも愛想はないし本当はジャズなんかわからないしで、かなり居心地は悪かった。 居心地の悪さも20年前と同じだった。 昔よくかけてもらったアルバムのA面が終わって、そうそうにコーヒーの代金を払おうとすると、 「もう結婚はしたの?個展はどこでするの?」とオーナーは急に矢継ぎ早に話しかけてきた。本当に懐かしんでくれていたのかもしれない。 コーヒーは20円値上がりしていた。
by gadget-pottery
| 2008-09-27 23:22
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